平成18年(ワ)第3088号
原 告   五十嵐靖容 外
被 告   国  外


意 見 陳 述 要 旨 


東京地方裁判所 民事第6部 御中

 

2007年2月20日

右原告ら訴訟代理人

弁護士  大江京子


第3 被告メーカーの責任
 私からは、被告メーカーらの不法行為成立要件のうち、侵害行為、違法性及び責任に関わるいくつかの重要論点について、被告メーカーらの法的責任が明らかであることを述べた上で、被告メーカーらは、もはや責任を免れることは出来ない以上、1日も早く、原告らに対し損害賠償を支払って謝罪し、自動車排ガスによる大気汚染公害問題の抜本的、最終的解決に向けて最大限の努力をすべきであることを述べたいと思います。

1 自動車製造・販売行為の侵害行為性について

(1)被告メーカーらの主張
 1次訴訟以来の本件審理を通じて、メーカー責任の成否をめぐって一貫した争点となってきたのは、そもそも被告メーカーらの自動車製造・販売行為が、はたして原告らの健康被害との関係で、「侵害行為」に該当するのか否か、という点でした。これについて被告メーカーらは、「メーカーは自動車を製造販売するのみであり、その後、本件地域に自動車交通の集中・集積が生ずることをメーカーがコントロールすることはできない」、あるいは「かりに製造・販売段階で、メーカーが1台1台の自動車の排出ガス量を大幅に低減させたとしても、交通量や渋滞の頻度、既存自動車との代替などの条件によって環境濃度は左右されるので、一定地域の面的汚染のコントロールは不可能である」といった「交通コントロール不能論」「汚染コントロール不能論」を主張してきました。
 これらの主張は結局、メーカーは自由な経済活動として自動車を製造・販売しているだけで、その後の本件地域への自動車交通の集中・集積、そのことによる高濃度大気汚染の発生や大量の気管支ぜんそく等の健康被害の発生は、メーカーにはどうすることもできない現象であるから、「そもそもメーカーには侵害行為がない」との究極の「開き直り」の議論でした。1次訴訟判決もまた、被告メーカーらのこうした主張に影響されたのか、責任論の領域で、結果回避義務の判断には「メーカーが自動車交通をコントロールできないこと」を考慮しなければならないとして、ディーゼル化をすすめた被告メーカーらの結果回避義務違反を否定する理由のひとつにあげています。
(2)原告らのこれまでの反論
 こうした「開き直り」の議論に対して、原告らは、「本件地域の自動車交通の集中・集積構造」は歴史的に所与の前提であり、また1960年代後半から70年代にかけて本件地域の自動車交通の集中・集積はすでに飽和状態となっていたから、そうした状況を前提とすれば、大気中に有害物質を排出する内燃機関自動車の大量製造・販売は、必然的に本件地域に大気汚染を形成する原因行為であり、メーカーの自動車製造・販売は侵害行為に他ならない、という理論構築をからすすめてきました。また、当審では、先ほど述べられた面的汚染と沿道汚染の区別と不法行為構造の整理と関連して、本件地域全体の面的汚染をもたらす自動車交通の面的な集中・集積は、メーカーだけでなくユーザーや行政を含めてコントロールは不可能だが、集中・集積以前の自動車の製造・販売段階での抜本的な単体対策−ディーゼル化・直噴化の回避や排ガス低減技術の積極的採用を行うことで、本件地域の面的汚染をコントロールすることは十分に可能である、と主張してきました。
(3)「論争」に決着をつける当審で明らかとなった事実
 メーカーの侵害行為をめぐるこれらの論争は、現に生じている面的汚染の発生原因を最終的に誰に帰責させるのか、といういわば法的構成をめぐる理論問題の側面をもっています。しかしながら、審理が進む中で、こうした理論的論争に決着をつけるいくつかの事実関係が明らかとなりました。
 そのひとつは、水谷証人によるディーゼル−ガソリン置換シミュレーション及びこれに基づく本件地域内の各測定局におけるSPM濃度の減少推計です。このシミュレーションと推計によって、被告メーカーらの製造・販売してきたトラック・バスのうち、車両総重量8トン(4トン積みトラック相当)以下のものや乗用車などがディーゼル車ではなくガソリン車であれば、その他の大型トラックがディーゼル車のままであったとしても、本件地域内のPM排出量は約75%も削減され、その結果、各測定局のSPM濃度は千葉大調査に基づく気管支ぜんそくの発症危険濃度を下回ることが明らかとなりました。すなわち、被告メーカーらによる「車両総重量8トン以下車両のディーゼル化回避・ガソリン代替」といったきわめてシンプルな単体対策によって、本件地域の自動車交通の集中・集積がそのままであったとしても、面的汚染による気管支ぜんそく発症の危険性が基本的に除去されるという劇的な公害防止対策となりえた歴史的事実が判明したのです。
 もうひとつの重要な事実は、近年における本件地域の大気汚染状況の改善、とりわけSPM濃度については、環境基準の達成率が2004年度で一般局100%、自排局で97%にも上昇していますが、その大きな要因として1993年以来の国のディーゼル車PM規制の開始とその一定の強化、さらに2003年度から実施された東京都の環境確保条例など、新車や中古ディーゼル車の単体規制によって自動車1台1台からのPM排出量が減少したことが考えられます。これは、本件地域という広大な地域の面的汚染・沿道汚染のいずれもが、PM規制という単体対策によって環境基準達成のレベルまで改善されることを実践的に証明したものであり、「メーカーが単体対策を行っても大気汚染が改善するとは限らない」という被告メーカーらの「開き直り」を、確固たる現実によって粉砕したものです。
 こうして、自動車の製造・販売行為のあり方を決定している被告メーカーらが、自動車交通のコントロールができないゆえに本件地域の大気汚染状況もコントロールできない、という一見もっともらしい議論は、理論的にも、歴史的にも、また私たちの目前にある現実からしても、完全に論拠を失いました。被告メーカーらの自動車製造・販売行為が、侵害行為であることはもはや明白です。
2 違法性について
 さて、被告メーカーらの侵害行為には、1)1960年代後半以降の排ガス対策が不十分な内燃機関自動車の大量製造・販売という基本的侵害行為と、2)基本的侵害行為を基盤としながら、より重大な違法性を有する1970年代後半からのディーゼル化、80年代からの直噴化があります。
(1)基本的侵害行為におけるメーカーらの悪質性
 ここで確認しておく必要があるのは、1)の基本的侵害行為が成立する前提として、本件地域に必然的に自動車交通が集中・集積する構造が存在することと、現に自動車交通の集中・集積状況が発生して今後の継続が見込まれることがあります。そして、60年代後半に本件地域でこうした集中・集積が成立した基本条件は、「規模の経済」の論理、すなわち利益獲得のために社会的需要を超えて大量生産・大量販売を推進する企業論理に支えられた被告メーカーらによる自動車の大量製造・販売行為があり、そのため1960年代後半のわずか5年間で東京都内の自動車保有台数は約2倍、本件地域の自動車走行量は約1.5倍に急増したことです。
 いったん歴史的にできあがった自動車交通の集中・集積構造は被告メーカーにとって所与の前提事実としてあらわれますが、現実の集中・集積の維持・継続は、自動車の継続的な大量製造・販売を必要条件とすること、そうした大量製造・販売の最大の契機が、社会的需要への応答ではなく、もっぱら利益獲得・蓄積の企業論理にあったことは、基本的侵害行為の成立に関わる被告メーカーの悪質性の問題として、見落とすことができません。
(2)ディーゼル化・直噴化の重大な違法性
 そして、基本的侵害行為の中でも特に2)のより重大な違法性を有する侵害行為であるディーゼル化・直噴化については、こうした「企業論理」がさらに行為の違法性を高める基礎事実として重要な意味を持っています。
 すなわち、ディーゼル化・直噴化とは、それぞれガソリンエンジン・副室式ディーゼルエンジンと比較すると、エンジン原理の面からも、実際に走行している自動車の排ガス測定の結果からも、有害物質(PM、NOx)の排出量がより多いディーゼルエンジン、直噴式ディーゼルエンジンをあらたに開発し、それまでガソリン車・副室式ディーゼル車であった分野にわざわざディーゼル車・直噴式ディーゼル車を投入してそのシェアを増大させていく行為ですから、本件地域の大気汚染状況を悪化させ、健康被害のいっそうの増大をもたらす危険な行為です。にもかかわらず被告メーカーらは、基本的侵害行為を貫く大量生産・大量販売の「企業論理」を最優先させ、「燃料が軽油でお得なディーゼル車」、「燃料経済性のよりよい直噴式ディーゼル車」といった宣伝文句でトラック・乗用車需要を開拓して大量販売を実現し、結果的にきわめて短期間にディーゼル車・直噴式ディーゼル車のシェアを飛躍的に増大させました。そのため、水谷シミュレーション等に示されたとおり、車両総重量8トン以下がガソリン車であれば到達しなかった、気管支ぜんそくの発症危険濃度を超えるレベルまで本件地域の大気汚染を悪化させてきたのですから、自らの利益獲得・蓄積のためにはより危険性の高いエンジン・車種を平気で開発し、大量生産・大量販売させてきた被告メーカーらの行為が、より重大な違法性を帯びていると評価するのは当然のことです。
3 責任について
 そして、健康被害の危険性がより高いディーゼル車・直噴式ディーゼル車への積極転換を図ってきた被告メーカーらの行為は、責任論のレベルでも、たんなる過失を超えて、故意責任にあたる、といわなければなりません。
(1)70年代におけるPM大気汚染の健康影響に関する知見の蓄積
 1次訴訟判決は、本件地域の自動車交通の集中・集積により、自動車排出ガスによる気管支ぜんそく等の健康被害が発生しうることを、被告メーカーらは1973年の時点で予見可能であった、と判示しました。これは、予見可能時期の認定がもっとさかのぼるべきこと(1960年代後半)、対象となる大気汚染が幹線道路沿道に限定されていること、といった弱点を含んでおり、これらの点を原告は当審でも批判し主張立証を重ねてきましたが、ともかく第1次オイルショックの年である1973年の時点でも、ディーゼル排気微粒子を含む自動車排ガスが健康被害をもたらす危険性についてメーカーが予見可能であったとの判断は重要です。
 問題は、ディーゼル化・直噴化が進んだ1970年代後半から80年代にかけての時期までに、ディーゼル車から大量排出されるPM大気汚染の健康被害の危険性について、わが国内外でいっそうの調査研究がすすみ、1次訴訟判決が予見可能性を認定した1973年までの知見に加えて、いっそう豊富な知見が蓄積されてきたことです。
 環境庁が委託した「浮遊粒子状物質の健康影響に関する文献調査」の報告書(甲F568)が1983年に、米国カリフォルニア州大気資源局の「大気質粒子状物質(PM10)環境基準報告」(甲F574)が1982年に公表されていますが、これらはいずれも日本・米国・その他各国でなされたPM大気汚染と気管支ぜんそくの発症・増悪や死亡率等の増大等の関連性を示す1970年代を中心とする多数の調査研究が収集され、要約されています。これらは、1次訴訟判決の予見可能性の認定時期である1973年以降の知見が多くを占めており、その意味でディーゼル化・直噴化がすすんだ1970代後半から80年代にかけての時期に、PM汚染よる健康被害の危険性の予見可能性は、少なくとも1973年当時よりずっと高度になっていました。
(2)行政・メーカーによる情報収集の意味
 そして、きわめて重要なことは、70年代から80年代初めにかけてPM大気汚染の健康影響に関するこうした知見が客観的にさらに蓄積されただけでなく、環境庁がこれら知見に関する情報収集をこの時期に主体的に行い、さらに同じ時期にディーゼル車排出の粒子状物質の低減技術に関する情報収集として「ディーゼル黒煙の低減技術に係る文献調査」(乙E87)を行っていたことです(その大要は1982年に公表されました)。そして、日本自動車工業会の研究機関である日本自動車研究所は、1980年から「ディーゼル排気物質に関する健康影響研究計画(HERP)」を開始し、動物実験としてディーゼル排ガスの長期吸入実験などが実施され、呼吸器の発ガン性に関する知見を得て、後にわが国で開催された「ディーゼル排気物質の毒性」国際シンポジウムで発表しています。
 行政・メーカーらによるこれらの情報収集・独自研究は、まさに1970年代後半から80年代にかけてのディーゼル化・直噴化の時期に、PM一般にとどまらず、当時急増していたディーゼル車から排出される微粒子(DEP)の健康影響について、行政当局やメーカーらが強い危惧感を持っていたあらわれにほかなりません。
(3)ディーゼル化・直噴化の重大な故意責任
 以上から、PM排出量の大幅な増大の点で重大な違法性を有するディーゼル化・直噴化は、一方でPM大気汚染による健康被害の知見が客観的にはいっそう蓄積されるとともに、他方でディーゼル化・直噴化によるPM大気汚染の悪化を認識しつつDEPの健康影響に強い危惧感をもっていた被告メーカーらにより推進されたという点で、たんなる過失責任を超えて、被害発生の予見のもとでの故意責任を構成するというべきです。健康被害の危険性が増大することを承知のうえで、ディーゼル化・直噴化を積極的・意図的に推進した被告メーカーらの重大な責任が、本訴訟で断罪されることはもはや時間の問題であるといわなければなりません。

4 最後に
 昨年9月28日、1次訴訟の控訴審である東京高等裁判所第8民事部は、東京大気汚染公害裁判控訴審の結審にあたり、自動車排ガスによる公害被害に苦しむ患者を1日でも早く救済すべきとの立場から、「裁判所としては、出来る限り早く、抜本的、最終的な解決を図りたい。」として、被告らに対し、自動車公害の抜本解決のために叡智を集めて協力して欲しいと異例の解決勧告を行いました。
 しかし、トヨタら被告自動車メーカー7社は、原告らの要求する謝罪・解決金の支払いには応じないとの姿勢を未だに崩してはいません。このようなトヨタら被告自動車メーカーの態度は、被害の発生を予見しながら大量のディーゼル自動車を製造・販売し続け、原告らをはじめとする大量のぜん息等の患者に筆舌に尽くしがたい被害を与えたことに対する自らの責任をうやむやにするものであり、容認することはできません。
 原告らは11年に及ぶ本裁判において、(1)謝罪と賠償、(2)汚染者負担による医療費救済制度の創設、(3)自動車公害の根絶<これ以上公害被害者を増やさない。東京にきれいな空気を取り戻す>を求めて闘ってきました。高裁の解決勧告以後、(2)の医療費救済制度創設がようやく現実化しようとしてますが、これは未だ東京大気汚染裁判の解決の第1歩にすぎません。
 原告たちは、自動車メーカーに対し、謝罪と賠償を要求しています。これは、自動車排ガスにより命・健康を奪われ、人生そのものを滅茶苦茶にされた被害者らの当然の権利であり要求であると同時に、自動車メーカーが過去の誤りを認め、原告らに対し正当な償いをすることにより始めて自動車公害根絶の道が開かれると考えるためです。
 トヨタら被告メーカーが賠償金(解決金)の支払い拒絶するのは、1審判決が、企業の「社会的責任」を認めたものの「法的責任」については否定したことが唯一の根拠です。
 しかし、先ほど述べましたとおり、1審判決ですら、自動車排ガスと気管支喘息などの呼吸器疾患との因果関係を明確に認め、かつ、自動車メーカーは遅くとも昭和48年(1973年)ころには被害の発生を予見できたと認定しているのであり、当裁判所において被告メーカーの法的責任が厳しく断罪されるのは明らかといえます。
 2004年4月21日、EUは大気などの環境に対して何らかのダメージをもたらすものに対し、法的並びに経済的責任を負わせるルール(EU環境責任指令)を採択し、現在EU加盟国ではこれに沿う国内法の整備が進められている。環境被害を与えたものが被害の「補償」「回復」「予防」措置を果たす責任を負わなければならないとするのが、世界の潮流でもあります。
 被告メーカーらは、1日も早く、原告らに対し損害賠償を支払って謝罪し
 自動車排ガスによる大気汚染公害問題の抜本的・最終的解決に向けて自ら最大限の努力をすべきことを最後に強く申し述べて私の陳述と致します。

以上

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