平成18年(ワ)第3088号
原 告   五十嵐靖容 外
被 告   国  外


意 見 陳 述 要 旨 


東京地方裁判所 民事第6部 御中

 

2007年2月20日

右原告ら訴訟代理人

弁護士  南雲芳夫


第2 被告メーカーらの侵害行為と本件疾病の発症・増悪との間の因果関係
 私からは、被告メーカーらの不法行為の全体的な構造を明らかにするために、被告メーカーらの侵害行為と原告らの本件疾病の発症・増悪との間の因果関係について、広域汚染と沿道汚染に分けて、陳述します。

1,広域汚染について

(1)「発症・増悪原因たる高濃度汚染」の存在
 まず、広域汚染に関する被告メーカーらの侵害行為と本件疾病の発症・増悪の因果関係を考察する場合に、核心をなすのは、本件地域において、「本件疾病の発症・増悪の原因となる程度の高濃度汚染」(以下、単に「発症・増悪原因たる高濃度汚染」という)があったという事実であります。
 原告らは、大気汚染と健康影響の関係を示す知見に基づいて、本件疾病の発症・増悪の原因となる大気汚染の基準濃度を明らかにしました。
 この基準濃度と本件地域の一般局の濃度の対比をしたものが、最終準備書面の図表1−1〜5です。これによれば、本件地域全域において、「発症・増悪原因たる高濃度汚染」が継続していたことが明らかであります。
(2)基本的侵害行為と「発症・増悪原因たる高濃度汚染」の因果関係
 次に、この「発症・増悪原因たる高濃度汚染」は、被告メーカーらの侵害行為によってもたらされたものといえます。
 被告メーカーらは、本件地域において自動車交通が必然的に集中・集積する都市構造があり、現に大量の自動車交通が集中・集積していた状況の下において、多くの大気汚染物質を排出する自動車を製造し販売しました。これが、被告メーカーらの基本的な侵害行為であります。そして、
第1に、昭和40年代には、本件地域の自動車交通の集中・集積状況は、物理的・社会的に飽和状態といえるまでに過密化していました。
第2に、そうした状況を前提として、被告メーカーらは、高排出自動車の製造・販売を続けました。
第3に、本件地域を走行する自動車は、そのほとんどが被告メーカーらの製造・販売したものです。
第4に、本件地域の一般環境における大気汚染への自動車排出ガスの寄与度は、NO2が約6割、SPMが4〜5割に達しています。
 以上の事実からすれば、被告メーカーらがどのような排出ガス性能の自動車を製造販売するかということが、本件地域の大気汚染の状況を規定する主要な要因となってきたといえます。よって、本件地域の「発症・増悪原因たる高濃度汚染」は、高排出自動車の製造販売と言う被告メーカーらの基本的侵害行為の必然的な結果としてもたらされたものといえるのであり、この侵害行為と高濃度汚染の間の因果関係は極めて濃密なものといえます。
(3)ディーゼル化と「発症・増悪原因たる高濃度汚染」の因果関係
 次に、被告メーカーらは、昭和48年末のオイルショックを契機に、昭和50年代以降、「ディーゼル化」といわれる生産・販売戦略を採用し、自動車の生産・販売行為の相当割合を占める部分において「ディーゼル化」を推し進め、その結果昭和50年代以降、本件地域における自動車の保有台数、走行台数等において、急激な「ディーゼル化」現象がもたらされました。このディーゼル化による侵害行為は、基本的侵害行為を基盤としつつ、これに付加される、より重大な違法性を有する侵害行為といえます。
 水谷証人は、技術的に代替可能性のある車両総重量8トン以下の中小型ディーゼル車を全てガソリン車に代替するシミュレーションを行い、ディーゼル化がなかった場合のSPM濃度を推計しました。
 この結果が、最終準備書面図表1−5〜7です。ディーゼル化がなかった場合には、本件地域のSPM濃度は、千葉大調査の自排局基準のみならず一般局基準も下回り、SPMの短期暴露による増悪の基準も下回ります。このことは、ディーゼル化がなかった場合には、原告らが、「発症・増悪原因たる高濃度汚染」に曝されることがなかったことを示します。
(4)「発症・増悪原因たる高濃度汚染」と本件疾病の発症・増悪の因果関係
 次に、「発症・増悪原因たる高濃度汚染」と原告の本件疾病の発症・増悪の因果関係について述べます。
 原告らは、いずれも、本件地域に一定期間にわたって居住ないし勤務を継続したことにより「発症・増悪原因たる高濃度汚染」に暴露し、その後、本件疾病を発症・増悪しました。
 こうした事実から、原告らの本件疾病の発症・増悪は、いずれも本件地域全域において継続した「発症・増悪原因たる高濃度汚染」によってもたらされたものと推認できます。
2,沿道汚染について
 次に、被告メーカーらの侵害行為と被告道路沿道における原告らの本件疾病の発症・増悪との因果関係について述べます。
(1)共同不法行為の成立
 原告らは、被告道路沿道における原告らの被害について、道路管理者・被告メーカーら、排出ガス規制権限者たる国及び交通規制権限の不行使を理由に東京都という各被告らの責任を主張してきました。被告らの各侵害行為は、それぞれ単独で本件疾病の発症・増悪との間で因果関係の認められるものでありますが、それにとどまらず、被告メーカーらの侵害行為は、被告道路の設置・管理の瑕疵と相まって、相互に関連共同性のある共同不法行為を構成しています。
(2)客観的関連共同性
 幹線道路沿道の高濃度汚染もたらした不法行為の侵害行為としてまず問題となるのは、なんと言っても、幹線道路に充分な公害対策を施さないまま大量の自動車交通の走行が可能な被告道路を漫然と供用した道路管理者の道路の設置・管理の瑕疵です。道路は、公共公物であり、その性質上、全ての利用者に自由な利用が保障されています。本件地域は既に昭和40年ころには自動車交通の飽和状態となっていました。こうした状況を前提に、無制限に利用が許される道路を供用すれば、その交通容量の限界まで自動車が走行するに至ることは当然に予想されます。その意味で、被告道路の設置は、大量の自動車交通の集中を積極的に作出したものといえます。
 これに対して、被告メーカーらの侵害行為は、「大量の大気汚染物質を排出する自動車を製造・販売した行為」であり、幹線道路を走行する自動車の1台1台から多くの大気汚染物質を排出させるという侵害行為です。
 本件においては、被告道路の設置・管理の瑕疵により被告道路に大量の自動車交通が集中し、他方で、高排出自動車の製造・販売という被告メーカーらの行為があり、その結果、「大量の自動車交通量」という条件と「1台の自動車からの多くの大気汚染物質の排出」という条件が同時にそろい、それが共同の作用を及ぼすことによって被告道路から大量の大気汚染物質が排出され、沿道に高濃度汚染がもたらされることとなったものです。
 よって、両者の行為は、相互に関連する一体としての侵害行為をなしており、客観的な関連共同性が認められるものです(最終準備書面図表1−15参照)。
(3)主観的関連共同性
 次に、主観的な関連共同性について検討します。
 原告らが問題とする被告メーカーらの侵害行為は、
    • 昭和40年以降の基本的侵害行為
    • 昭和50年以降のディーゼル化による侵害行為  の2つです。
 いずれの時期においても、本件地域の幹線道路は慢性的な自動車交通の渋滞が社会問題になっていました。
 このことは、被告メーカーらの各侵害行為がなされる時点において、既に被告道路はいずれもその交通容量の限界まで利用し尽くされ、自動車交通が被告道路の許容する限界まであふれていたことを示しています。
 被告メーカーらは、幹線道路の利用を不可欠の前提とする自動車という商品を製造・販売するものとして、本件地域のこうした道路交通の状況は当然に熟知していました。のみならず、被告メーカーらは、自らの販売戦略の1つとして道路整備の推進を位置づけ、被告メーカーらで構成される自動車工業会を通じて「道路交通容量の増大」や「幹線道路の交通容量を引き上げること」などを主唱し、道路整備の推進にむけて積極的に働きかけを続けてきたほどです。
 つまり、被告メーカーらは、被告道路がその限界までの自動車交通を集中させていることを熟知し、その結果として、自らの製造・販売する自動車がこうした幹線道路の集中・渋滞という状況を前提として利用され、そうした態様において被告道路を走行することを当然に予定した上で、高排出自動車を製造・販売したのです。
 他方で、道路管理者の行為について着目すれば、道路管理者が道路を供用する時点で、すでに被告メーカーらによって、大量の大気汚染物質を排出する自動車が大量に製造・販売され、それが市場を通じて、本件地域全域に普遍的に存在していました。よって、いったん被告道路を供用すれば、大量の大気汚染質を排出する自動車が、この幹線道路に流入することは当然に認識されていたといえます。
 それぞれが、互いに、相手が大気汚染被害をもたらす危険性のある行為をしていることを認識し、その行為を前提としつつ、自らも、相手の行為と相まって沿道に大気汚染の被害をもたらす危険のある行為を行った場合には、その両者の間には、主観的関連共同性が認められるというべきです。
 共同不法行為の成立には、客観的関連共同性があれば足り、主観的関連共同性までは要しないというのが判例です。
 本件においては、客観的な関連共同性にとどまらず、互いの危険行為を相互に認識しあっていたという主観的関連共同性まで認められるのであり、両者の侵害行為の間には共同不法行為が成立します。

 以上から結論として、沿道汚染についても、被告メーカーらは、道路管理者と連帯して責任を負うことは当然と言わなければなりません。

以上

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