第一次訴訟判決の概要・判決に対する
原告団、弁護団の声明

2002.10.29

東京地裁、東京大気裁判 国に賠償命令

 自動車の排ガスによる大気汚染で健康被害を受けたとして、東京都内のぜんそく患者や遺族ら99人が、国や都、自動車メーカー7社などを相手に総額約22億3800万円の損害賠償と汚染物質の排出差し止めを求めた東京大気汚染訴訟(1次)の判決が29日、東京地裁であった。高橋利文裁判長は、公害病未認定患者1人を含む計7人について排ガスと被害の因果関係を認め、「国などは住民の健康被害を防止する有効な策をとらなかった」と判断。国、都、首都高速道路公団に総額7920万円の賠償を命じた。最大の争点になった自動車メーカーの責任については「できる限り環境への負荷を低減するよう努める社会的責務がある」と述べたが、「過失は認め難い」と賠償責任を否定した。差し止め請求も棄却した。

 自動車排ガスで健康被害を受けたとして、東京都内のぜんそく患者らが、国と都、首都高速道路公団、自動車メーカーに損害賠償と汚染物質の排出差し止めを求めた「東京大気汚染訴訟」の判決で、損害賠償の支払いを命じられた都の石原慎太郎知事は29日、記者会見で、「控訴は致しません。国の対応を見ていると原告の怒りはもっともだ」などと述べ、控訴しない方針を明らかにした。
 判決内容について、石原知事は、「国の排出ガス規制の責任を認めておらず、判決内容は承服できない」と指摘したが、「控訴に向かうのは短絡的な発想でしかない。大気汚染の解決を裁判に委ねるのではなく、国が(被害者救済など)効果的な手だてを行うべきだ。国も大気汚染をここまで放置した責任を認めて控訴すべきではない」と語った。

(上記は日本科学者会議公害環境問題研究委員会HPより http://www.vuni.ne.jp/~jsaenv/

以下は http://member.nifty.ne.jp/jnep/からの転載です。

 大気公害裁判の到達点と新たなたたかい

排ガス被害認めつつメーカーを免罪、東京大気訴訟判決
 02年10月29日、東京地裁を舞台に6年間たたかわれた東京大気汚染公害訴訟の判決判決が言い渡された。
 東京地裁前には原告団、支援者ら1500人が見守り、法廷では都区内の原告99人を代表する1次訴訟の西順司原告団長らが聞き入るなか、高橋利文裁判長は、都内の幹線道路10本の交通量が著しく多い道路端約50メートル以内に住む未認定患者を含む7人の原告についてだけ、喘息と自動車排ガスとの因果関係を認め、これら幹線道路を管理する国交省、東京都、首都高速道路公団に合計7920万円の支払いを命じた。
 国など道路管理者にたいして公害対策の強化を求められたのは今回で5度目であり、遅々としてすすまない環境・公害対策が厳しく批判された。東京都は「多数の健康被害は全社会的問題で先送りできない」として、控訴しないことを決めたが、国の排ガス規制責任を問わなかった判決は承服出来ないとした。

 東京大気訴訟の最大の争点は、従来の大気汚染公害訴訟が、工場からの汚染物質の一般環境への排出もしくは自動車からの排ガスとの複合汚染が争われたのにたいし、今回の訴訟は、都内の道路を走行する自動車、特にディーゼルトラックの排ガス被害が問題とされ、またそうした「欠陥車」を製造販売したディーゼル車メーカー7社を、道路管理者とともに被告として争われたものであった。
 判決は都内の全域を汚染している排ガスの「面的汚染」や、排ガス中の汚染物質の排出差し止め、そして自動車メーカーの責任を認めず、これらの請求を棄却した。

 判決では、大気汚染原因の認定でディーゼル排ガスに含まれる二酸化窒素と粒子状物質…SPMが、居住者の健康に被害を及ぼし、喘息など呼吸器疾患を発症させ、または悪化させていることを明確に認めた。
 今日の大気汚染公害の主役が自動車排ガスであることを裁判所が認定したことは画期的であり、都内だけでなく全国の主要都市で苦しむ公害患者に展望をひらくものとなった。
 また訴えが認められた7人の原告のうち1人は、公害被害健康補償法から切り捨てられていた、いわゆる未認定患者であり、わずか1人(2〜4次提訴で未認定患者原告は184人、東京の未認定患者は推定で数10万人)であっても裁判所が未認定患者のへの賠償を命じたことで、うち切られた公害被害地域再指定を求めるなどの現行補償制度の改善、未認定患者にたいする医療・生活保障問題に大きな展望を開くものとなった。これに関して環境省は排ガスと健康被害との因果関係は調査中で、新制度創設は因果関係の証明後としている。
 これについては、同日の原告団とトヨタ自動車との交渉でも「行政が新たな救済制度を制定する場合、社会的要請も踏まえて総合的に判断する」との文書確認が交わされたし、石原都知事も同日、国に救済のための新制度を求める考えを明らかにした。

 問題は、原告が訴えていた排ガスによる汚染物質の「面的汚染」について裁判所がこれを認めず、原告側提出の広域にわたる汚染状況のシュミレーション結果には無理があり採用できないと退けたことである。この結果、原告の大部分の訴えが棄却される結果となった。
 判決では沿道幅50メートル以内の汚染状況とその被害について詳細に論じられたのに比べ、多くの患者が「面的汚染」で喘息など呼吸器疾患となったとの訴えについて、裁判所は個々の因果関係を検討せず、沿道幅50メートルの線引きのもとに切り捨ててしまった。切り捨て理由は、たしかに都内の多くの地域で環境基準を上回る排ガス汚染が存在していても、排ガス汚染が基準値を上回ったからといって健康被害を及ぼすものではなく、環境基準は「望ましい基準」にすぎないという理屈である。
 今日、環境庁も、東京都も日々の大気汚染状況をシュミレーションしてインターネットを通じて公開しており、判決が言うように基準を上回ったといって直ちに健康被害と結びつくものではないというのでは、こうした汚染情報の公開の意義をも失わせるものである。原告側が証拠ととして裁判所に提出した「面的汚染」のシュミレーション結果は、こうした行政の汚染情報より数段精緻なものである。この証拠が退けられたことに関してシュミレーション作成を担当した環境総合研究所のホームページは、幹線道路沿道から50m以内のみに救済を限定したことこそ合理性がなく非科学的とコメントしている。
 また判決ではディーゼル排ガスを健康被害の原因として認めながら、この有害物質の排出をやめよという、いわゆる差し止め要求については、差し止めの根拠となる汚染濃度を認定できないからとの理由のもとに却下された。
 尼崎、名古屋南部両公害訴訟の判決では、この差し止めが認められたことから明らかな不当判決である。7人の原告の訴えを認めた因果関係論では、4万台を越えるディーゼル車の多い幹線道路で、沿道50メートルという範囲での発症率を根拠としたこととの矛盾も指摘しなければならない。

 そして判決で最も問題なのは、ディーゼルメーカーの法的責任を免罪したことである。判決ではメーカーは29年前の1973年当時から排ガスの都市部集中で健康被害が発生することは予見できたはずと指摘したし、またトヨタなど7社の低公害車の製造と販売は社会的責務であるとした。このように述べながらメーカーにはディーゼル車の都心部集中をコントロールできないから、責任がないというのは国民を納得させられるものではない。
 原告団が提起したアメリカ向けの公害対策をほどこしたクルマと国内販売用の二重のクルマを作り使い分けたとする指摘についても判決ではこれを問題としなかったし、さらに都内で走行中のディーゼル車のうち排ガス対策が必要な大部分(排ガス対策を行ったトラックは1割程度)の欠陥トラックへのメーカー責任による有害物質除去装置の取り付けについても判決は求めなかった。

 このように、判決のいう主要幹線の周辺の患者のみの救済という部分的な対策では、「東京に青い空を」という原告の願いを実現することは不可能である。同日、原告団は以下の声明を出し、東京の大気汚染の完全な解消までねばり強くたかかう構えを明らかにした。

東京大気汚染公害裁判原告団らの声明
(2002/10/29)

東京大気汚染公害裁判原告団長 西順司
東京大気汚染公害裁判弁護団長 鶴見祐策
東京大気裁判勝利を目指す実行委員会委員長 本間慎

 1 本日、東京地方裁判所は、東京都内の自動車排ガス汚染公害に苦しめられてきた原告患者、とりわけ公害未認定患者の深刻な被害を救済する必要を認め、これに対する国・首都高速道路公団、東京都らの加害責任を断罪し、損害賠償を命じる画期的な判決を下しました。

 2 今日、東京の自動車排ガスによる大気汚染公害は改善しないばかりか、日々新たな公害被害者を生み出しており、ますます深刻なものとなっています。気管支喘息などの公害被害者は、その多くが公害未認定患者であり、何の救済措置もなく、病気の苦しみに加えて、働くことができないための生活苦、加えて重い医療費負担ゆえに満足な医療を受けることもできないという二重、三重の人権侵害に苦しめられています。
 本判決は、このような深刻な被害が自動車排ガス公害によるものであることを認め、被告国・公団・東京都らにその賠償を命じました。これは今日数十万人といわれる本件地域の未認定患者の救済がきわめて重要な課題となっていること、そして被告国・公団・東京都はそれらの被害救済のために重大な責任を負うべきであることを初めて明らかにした点で、本判決は極めて重要な意義を持つものであります。
 これをふまえて、被告国・公団・東京都は、その財源負担による新たな被害者救済制度を直ちに確立すべきです。

 3 本判決は、被告国・公団・東京都らの長年にわたる人命軽視、環境無視の道路政策を断罪し、道路政策のあり方に抜本的な見直しを迫るものになっています。
 とりわけ被告国が、この7年間に西淀川、川崎、尼崎、名古屋南部に続いてなんと5度目の敗訴判決を受けたことは深刻に反省すべき重大な事態です。被告国はこれまで4回にわたり、敗訴判決を踏まえて道路公害対策を実施することを被害者に約束してきました。ところが被告国はこれらの約束を誠実に履行していないばかりか、首都圏においては被告東京都、公団とともに、大量の汚染物質の発生源となることが明らかな巨大幹線道路の建設を強行しようとしています。
 国、公団、東京都はこのような道路建設優先の誤った道路政策、開発中心の都市政策を抜本的に改め、幹線道路の新たな建設・計画を凍結した上で、抜本的、効果的な公害対策を直ちに実施し、快適な環境、健康な生活が保障された暮らしやすい街へと東京を転換していくことが求められています。

 4 他方本判決は、本件地域の大気汚染公害の重大な原因者である被告自動車メーカーの法的責任を否定する不当な判断を下しました。
 しかし、トヨタをはじめとする被告自動車メーカーらが、深刻な大気汚染公害の発生を知りながら環境を無視してディーゼノレ化を推進し、さらには排ガス対策を怠って大量に汚染物質を排出する自動車を製造販売してきた行為が、今日の深刻な大気汚染被害をもたらしたことは社会的に明白な事実となっています。本判決も、被告自動車メーカーが法律上の義務としては損害賠償責任がないとしたのみであり、判決理由中では、被告メーカー等にはそれぞれ大量に製造販売する自動車から排出される自動車排ガス中の有害物質について、最大限不断の企業努カを尽くして、できるだけ早期にこれを低減するための技術開発を行い、かつ開発された新技術を取り入れた自動車を製造販売すべき杜会的責務がある、と認定しています。さらに昭和48年以降、被告メーカーらが製造した自動車から排出されるディーゼル排ガスにより、深刻な健康被害が生じている事実の予見可能性があると認定しています。
 したがって、被告メーカーらは今日きわめて重要な課題となっている未認定患者の被害救済のために重大な責任を負っていることは明らかです。
 また被告メーカーらはディーゼル車の販売を早急に縮小して低公害車への転換を図り、販売済みのディーゼル車には排気微粒子除去装置を装着するなど、あらゆる方法で公害防止の責務を果たすべきです。

 5 本判決は大気汚染の発生源として問題とされた104路線の幹線道路網のうち、交通量の突出した巨大幹線道路からの沿道50mの範囲に救済を限定したため、多くの原告の請求を棄却しました。
 しかし本件地域は、網の目状に走る幹線道路を走行する自動車からの排出ガスにより、全域にわたり深刻な環境汚染に覆われており、公害被害は一部の巨大幹線道路の沿道に限定されるものではないことは誰の目にも明らかです。本判決はこのような面的汚染による深刻な被害の実態を無視し、多くの原告が裁判所に託した人権回復の願いに背を向けた不当な判決であり、今後に大きな課題を残しました。

 6 私たちは引き続き被告メーカーらの加害に対する法的責任を明確にしてゆくために、裁判のたたかいを継続してゆきます。公害被害者の完全救済と公害根絶を実現するまで、今後ともたたかいぬく決意ですので、これからもご支援のほどよろしくお願いいたします。
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