受けた苦しみ、味わってきたことに
対して補償してもらいたい

富永忠光さん(東京・江戸川区/63歳)

富永さん(左上)は東京に引っ越して、5年目にぜん息を発症。以来22年間、ぜん息とたたかい、生活とたたかっています。 (2004.9.25)

 写真上は酸素吸入器、左は公害医療手帳(公健法が廃止されて以降、未認定患者にこの手帳は発行されない)

富永さんが住み、働いていた西小松川付近

東京にきて5年目にぜん息発症する
 わたしは川崎市にいて、昭和52年(1977年)に東京都・江戸川区西小松川に引っ越してきたんです。そこは荒川にかかる首都高速7号線(小松川線)から50メートルも離れていないところでしたが、会社まで歩いて数分の場所だったんです。
  川崎にいた頃は風邪ひとつ引いたことがなかったのですが、西小松川に引っ越して5年たった昭和57年、咳き込んで、それが止まらなくって、近くの病院に行ったらすぐ入院でした。顔が真っ赤になるぐらい苦しくって、息を吐くことも吸うこともできなくって一晩中、点滴をしました。半月ほど入院して退院したのですが、それから、ひんぱんに入退院の繰り返しになった。発作が起きると、ヒイヒイ言って、苦しくって、苦しくって、そのため冬なのに下着がびっしょりになるぐらい汗が出るんです。
 朝も夜も点滴を受けた。食事はおかゆが出るのだが、見ただけで食べる気がしない。だから体重も急激に落ちて、57〜8キロあったのが50キロに痩せてしまった。
 ところが、なんでこんな病気になったんだろう。苦しさはどこからくるんだろう。「気管支がやられている。だから呼吸困難になる」という説明はあるんだけど、どうしてこうなるのかは、医者の先生も教えてくれない。なぜ、こう急に苦しくなるのか、自分も分からない、先生も分からない。不思議に思いながら、でも治らない。
  ぜん息を起こして、ほどなくして仕事が満足にできなくなった。社長は「出てこれる時にきてくらたらいいから」と言ってくれ、良くしてくれた。幸い、自宅が会社の近くだったから、調子のいいときに会社に出るようにしたが月給が日給になった。
 その時、子どもが4人いて、上が13歳だった。食べ盛りの時に収入が少なくなって、女房が働きに出るようになった。
 ところが具合が悪くなると病院に一人で行けないので、女房に電話して帰ってきてもらって、病院に行った。

生活補償は月10万5000円
 国の公害医療手帳を昭和57年5月31日に受けることができた。それでぜん息にかかる医療費は無料になった。生活補償の方はまた別の手続きと認定が必要で、昭和60年頃、公害補償の申し込みをした。最初は3級だったが、今から3年前に2級の申し込みをして検査を受けて、2級になった。
 手帳とかいうのはなく、江戸川区の公害補償係から「これからは補償は2級にします」という通知がきた。金額は65歳までは12万5000円だったが、65歳になったら2万円安くなって10万5000円ちょっと。厚生年金の方は年数が足らなくって、それで特別に足してもらって、現在7万6000円程度。都営住宅にやっと入れ、女房が働いてくれているので生活できているがギリギリ。

ぜん息の原因は自動車排ガス以外、考えられない
 わたしのぜん息の原因ですが、わたしは自動車排ガス以外、かんがえられないんです。裁判を担当している弁護士がわたしが住んでいた場所に行ったことがあるんです。「こんなとろに住んでいたの?」と、弁護士も驚いていました。
 住んでいたのはさきほども言ったように首都高速7号(小松川線)のランプ出入口から40メートルほどのところです。この7号線は一日の車走行台数は4万台を超え、夜中も大型トラックがひっきりなしに走っているし、しかも出入口のため、アクセルを踏み込むから排気ガスもすごいんです。今は、ずいぶん排ガスも出なくなりましたが、わたしが引っ越してきた当時は、本当にすごかったです。
 会社も同じような環境にありましたから、わたしは24時間、そうした環境の中で働き、生活していたんです。
 それで発症したと思うんですが、他の人は発症した訳じゃないんです。会社でぜん息になったのはわたしだけだし、家族の中でもぜん息になったのはわたしだけです。ということは自動車排ガスが原因じゃなくって、別に原因があるんじゃないかと、言う人もいるし、自身もそう考えたりしたこともあって、これを考えると、悔しいんです。
 同じ環境で自分だけがぜん息になり、みんなは異常がないわけですから、自分の病気の原因を証明できない苦しさがある。

普通、病気は治る。だが、このぜん息は違う
 普通、病気は治るでしょ。点滴を受ければ治る、手術をすれば治るでしょ。しかし自分は何年も治療を受け続けているのに治らない。夜になるとこわくなるんです。ぜん息発作がでないだろうかと。

発作が起きるとどういう状態になるのか
 さきほども言った通りですが、例えば、病院に入院している時ですが、緊急時に押すボタンがベッドごとに付いているでしょ。あのボタンが押せないんです。ボタンを押そうと体をひねろうとすると、それができない。隣のベッドの人に声をかけようとしても、声もでない苦しさ。少しでも体を動かそうとすると息が止まりそうになって、苦しいんです。

その時、ベッドに横になっているんですか
 横になんかなっていることはできない。ベッドにもたれて、掛け布団を抱え込んでうずくまっている状態です。とにかく、その時は、ハアハア言って、自分に「大丈夫だ、大丈夫といいきかせ、その内、よくなると言い聞かせて、ハアハアしている」。先生が来たら、先生の手を握って、握りしめて、手をつかまえておかないと息ができない。ハアハア言って、先生が痛いというぐらい手を握って」。
 そんな中で、子どもがいる。生活がどうなるんだろうと思うと、頭がボーッとなっていく。いろいろ考えて、どうしようもないなあ。これはもう、僕も、この世の終わりかなあと思ったことは何回もあります。

現在は
 今はそんなことはなくなった。2、3年前からはだいぶといい。気管支拡張剤でステロイド系の薬ですが、霧状になったエアゾルを吸入するすると、治まるんです。でも、これが効かないときがあるんです。すると病院に行って、点滴をしてもらう。昔は、一回の点滴が500ccだったが、今は200ccぐらいで済んでいる。

気管支拡張剤のエアゾルの使い方とか量は
 スペーサーという吸入補助具に薬を差し込んで、押すと薬が霧状に出る。一回、シューと吸入するだけです。このエアゾルの使い方は、調子が悪いと自分が感じたとき、使うんですが、やはり一日、2、3回は使いますね。

治療の薬がよくなってきたと言うことですか
 そうです。わたしがぜん息になった頃は、こういう薬はなかった。点滴をしても治らなかったこともあった。今は、自分でも兆候が分かりますから、おかしいなあと感じたら、この気管支拡張剤を一押しする。すると治まるんです。
 これがないと本当に大変なことになるんです。いつだったか、外出した時、バッグに入れたはずのエアゾルが入っていなかったんです。すると人間、急に意識して、苦しくなって、駅の階段の手すりをつかまって、電車には乗ったものの、降りることができなかったことがあります。
 普通の人の3分の1の息もできなくなるんです。低酸素状態になるから頭がボーッとなる。そんな時は、この酸素吸入器を使うんです。
 以前は、酸素ボンベでしたが、今はこれを使っている。専用の水を使って、酸素を発生させ、チュブで鼻から取るんです。わたしの場合、1時間半ほどしていると楽になる。以前は寝る時も、これを使っていたことがありますが、今、そういうことはなくなりました。

ステロイド系の薬を使っているということですが、副作用は
 それはあります。わたしの場合は目の神経がやられて、右目が緑内障で、よく見えないんです。眼科に通っているんですが、先生も強い薬を使うと、神経がやられることがあると言っています。ですから、わたしの緑内障は、自分が飲んでいる薬の影響だと思う。

副作用がこわいとか
 こわいというより、自分がなんでこんな病気になったんだろう。手術ができるのなら、手術をして治したい。いつまでも薬を飲みたくない。ずっとこのままの状態でしょ。治したい気持ちがあるから、薬を飲む、病院にも行く。いつか自分の体が元気になって、という気持ちがあります。

ぜん息と自動車排ガスとの関係について、どう思いますか
 それが自分でもわからないんですよ。わたしは自動車排ガス以外に考えるものがないのですが、同じ環境の中で、ぜん息を発症したのはわたしだけでしょ。みんながぜん息になっているわけじゃない。いろんな原因がぜん息になるといわれているでしょ。その中で、自動車排ガスが原因だと、自分で証明できない。
 病院にかかっているんですが、先生も原因については何もいわない。とにかく発作を抑えるための治療をするだけの感じですから。
それがこの裁判のなかで、一番、もどかしい。

でも、国と都のディーゼル排ガス規制はディーゼル排ガスがぜん息に関係しているからやったことは確かですね
 そうそう、そうなんだよ。だけど裁判では自動車メーカーの責任を問わなかっただよね。

そこがすごく自動車メーカーよりの判決だと思います
 そうそう。自動車メーカーに責任があることになったらメーカーは大変なことになる。だから、メーカーに気を使ったんだと思う。だけど、わたしは認定患者だからまだ医療費は無料だし、生活補償も受けているが、未認定の人は本当に気の毒だよ。
 原告でわたしも良く知っている人がいるけれど、本当にギリギリの生活をしている。この裁判をやっていると結構、外に出ることがあるんです。出ると交通費がかかるでしょ。外で食べることになるでしょ。そのお金がないから「行きたくても行けない」と言っている。わたしも同じですが、未認定患者の人のことを思うと多少はまし。未認定の人は本当に可哀想だよ。だから、この裁判、わたしは、何がなんでも勝たないといけないと思っている。

未認定の人が生活保護を受けているのも納得できないですね
 生活できないから生活保護ということだけれども、この病気にならなかったら、人に負けない仕事ができたと思うんですよ。でも発作が起きると何もできなくなるから、仕事ができない、働けなくなった。公害被害でそうなったのだから、生活保護じゃなくって、公害被害補償として受けたいのが私らの気持ちです。
 いつまでもこんな生活したくない。受けた苦しみ、味わってきたことに対して補償してもらいたい。

04年10月1日、ディーゼル車対策共闘会議の3省交渉(環境省・国土交通省・経済産業省)で、東京大気汚染公害裁判原告団の代表として参加した富永さん・右。その隣は被害者救済の新しい制度創設を要求する繁野さん。(2004.10.8)

使用資料:地図=サイバーマップ・ジャパン(マピオン)、航空写真=国土地理院

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